踏みにじられた生命~紅い菊の伝説1~

贖罪

 その日の夜…
 飯田美佳は脅えていた。
 吉田沙保里を虐めていた仲間が既に三人殺されている。もしもそれが沙保里の死に基づく復讐なら、次に殺されるのは自分だ、美佳はそう確信し、自分の部屋に閉じこもった。 いつだっただろう、ホームセンターで複数買ったダイヤル式の南京錠と金具を全部使って内側から鍵をかけた。
 そうだ、外に出なければ、人と接触しなければ、殺されることはない。
 外に出さえしなければ良いんだ。
 それは考えに考えた結果の美佳なりの答えだった。
 きっと私を殺さなければ復讐は終わらないのだろう。それならば私は何日でも、何年でも、犯人が諦めるまでこの部屋から出ないことにしよう。
 美佳は頭の中で何度も同じ言葉を呟き続けた。その言葉は揺らぎ、木霊して、次第に大きくなっていく。ついにその音は美佳の頭の中一杯に響き渡り、彼女の頭蓋骨を砕いてしまうほど大きな力となっていった。
 それに耐えきれなくなった美佳は家の外にまで聞こえるほどの悲鳴をあげる。
 何度も、何度も、繰り返し彼女の声が闇を切り裂いていく。
 誰かが階段を駆け上り、美佳の部屋の扉を叩く。
「どうしたの、美佳ちゃん。大丈夫?」
 母の狼狽した声が扉の外から聞こえてくる。それが美佳の心を更に逆撫でする。
 悲鳴が更に大きくなっていく。それと同時に頭痛が走る。悲鳴が大きくなっていくと共に頭痛は激しく、脈打つように走る。やがてそれらは限界点に達する。
 美佳の意識がぷつんと途切れた。

 闇を切り裂かんばかりの悲鳴を小島と恵は飯田家の近くの物陰で聞いた。何か異変が起きたのだろうか、直感でそれを感じた恵は物陰から駆け出そうとする。
 それを小島が押しとどめて首を小さく横に振る。
「大丈夫だ、あの子はまだ部屋の中にいる」
 小島は恵に囁く。
 飯田美佳に張り付いて何日がが過ぎただろう。僅かな手懸かりしかなく、犯人にたどり着く目星もない今となっては、次に襲われるであろう美佳に、その保護の意味も含めて張り込んでいた。美佳は野川明美が殺された翌日から部屋に閉じこもってしまった。おかげで張り込みは楽になったが、何度となく繰り返される悲鳴には二人とも神経を擦り切らせていた。
悲鳴が止み、再び静寂が訪れた。
 小島と恵は緊張を解いていく。
 彼等の傍を揺らいだ空気が通り過ぎる。

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