アクセサリー
 彩乃は弁当箱をしまう。まだ、ご飯に少し手をつけた程度でほとんど食べていない。朝から胸騒ぎがして、神経過敏になっている。胃が食べ物を受け付けようとしない。彩乃は何か気になることがあるといつもこうなる。自分は精神的になんて弱いのだろう。高校の体育教師が「人間はちょっとぐらい図々しくないと世の中を渡っていけない」と言っていたのが忘れられない。その論理が正しければ、彩乃は世の中を渡っていけないことになる。
 時計は十二時四十五分を指す。午後の授業まで残り五分だ。
「彩乃って次授業だっけ?」
「ううん、次の次ならある」
「そっか。私そろそろいかなきゃ……。じゃあ、吉祥寺でまた」
 直美はトレイを持って立ち上がる。
「じゃね」
 彩乃は手をふる。直美の姿が見えなくなると携帯を取り出す。……ん? 携帯のランプが点滅している。メール着信がある。うれしくなってメールを確認する。

 件名「なし」         10/26 12 : 47
今日は帰り何時頃になるんだっけ?
 
 味気ないメール……。
お母さんだ。
 今日は共通演習「コミュケーションと共感性」のクラスでコンパがある。場所は吉祥寺で、直美も参加する。母には帰宅が遅れることを伝えてあった。
 
 件名「なし」 10/26 12 : 48
 はっきりは分からないけど、十時には帰るつもり。

 無表情に親指を動かす。期待を大きく裏切られたメールに返信するのもうっとうしい。
「はああ」
 彩乃は大きくため息をついた。食堂の外では授業に向かう人であふれていた。
 
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