なみだのほし−Earth Tear Chlonicle−
笑いを含んだ答えに、兄と呼ばれた男は不満げに鼻を鳴らした。

「ふん、笑っていられるのは今のうち。失策はそなたの責任でもあるのだぞ。…あの方な前ではそのようには言えるまいよ。」

「兄上は神経質が過ぎる。いくら怖い怖いとは言ってもあの方は我らが母。よもや酷いようにはなさいますまい?」

なにやら書面に向かう弟は余裕さえ見せたが、兄は気に入らないようだった。


「−あの名無し子とてあの方の子ぞ。」
「…まあ、確かに。」


しばらくの沈黙が降りた。
やがて先に口を切ったのは兄だった。

「幸い追っ手は全てやられたわけではない。次の機に備えさせよ。」

「御意に。」

−弟はペンを止めて立ち上がった。おもむろに袖をまくり、左腕をむき出す。
現れたのは、様々な獣の刺青。
彼はそのうちの犬のような形のひとつに口を寄せた。

古い言葉で何かをささやき、再び袖を下ろした弟は、兄に向かって笑った。

「…名が無いと言うのは恐ろしいことですね。王族が王族の名を知らず、支配することが出来ぬとは…」

兄は笑いもせずに窓の外を見やった。

「我らは成人に際し真の名を持つ…一人前の証だと言うが、実際は名を持った瞬間にあらゆる縛りを受ける。
法の縛り、金の縛り、術の力、人のしがらみ。子供という制限がなくなるかわりに、名を持たぬ自由を失う。

我らが弟は子供のまま。そなたの術を持ってしても、我が力を持ってしても、名を持たぬ者を捕らえるのは至難の技よ…」


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