なみだのほし−Earth Tear Chlonicle−


力があったら。
大事なものを傷付けなかったかもしれない。
力があったら。
大事な人の大事な人を、守れたかもしれない。

…ディニの手は、下ろされたまま固く握られていた。
どうにもできない、世の定めを前にして。


「…レネ。」

小さなベッドに横たわったユマには、もう起き上がる力はなかった。

「ユマ…」

ユマの手を握るレネは、ずっとずっと泣き続けている。
零れ落ちる涙を受け止めたいのに、そんな力もない。彼女が、ディニの方を向かない限り。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」


レネの背は震えている。
長い黒髪も一緒に震えて、なにか別の生き物のように見えた。

ユマはただ優しく妹をなでた。

「…私のために、お祈りに行ってくれたんでしょう…?ありがとう、いいの、謝らなくて…」

それまでずっと伏せていたレネが、突然顔を上げた。
傷ついたその横顔はディニの心の奥まで、深く深く斬りつけた。

美しすぎる刃のように。

「違う…の…行けなかったの…あのね、ユマ、」

さっき山で起こった事件を、レネは消えそうな声で語った。

−その間にも涙はコロコロと零れ続けた。
ディニは、それを綺麗だと思った。
誰かのために零す涙は、どんな宝石よりも美しくて悲しい。

「…助けられたの。知らない男の子に…狼は追っかけて来なかったよ…、それでね、」

ディニには、レネの話など少しも聞こえなかった。彼を沈めているのは、薬士として患者を助けられない悔しさと、大切な幼なじみを守れない悔しさ。

「…いいの。レネ、いいのよ。あなたが無事なら、それだけで。あなたが、生きていけるなら…」

ユマの優しい指が、レネの頬をなぞる。


「ごめんね、レネ…」


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