アイズ
☆☆☆☆☆☆☆
 窓際の席からサミは校庭を眺めた。二ヶ月ぶりに雨が降り、干涸びていた校庭は潤いを取り戻していた。ある疑惑がサミの心を掠めている。
 ほら。
 レインコートを羽織って校庭を歩く者がいる。同じクラスのシュンイチ。彼のあだ名は〝影〟だ。根暗で声が小さく、黒縁眼鏡を掛けているのだがフレームの塗装が禿げていて、ダサい。これがクラスでの評価。
 が、サミは違った。ある確信めいたことがある。シュンイチはわざと根暗でダサい装いをしていると思っている。
 数日前のことだ。サミは忘れ物を取りに教室に戻った。快活な声が聞こえた。サミは覗く。そこにはシュンイチ?が電話をしていた。しかし眼鏡を外している。根暗は影を潜め、笑みが溢れている。その横顔はアイドルグループ『アイズ』の一人であるシチに似ていた。クールな眼差しがそれを象徴していた。
「明日の音楽番組・・・」シュンイチの声が止まった。サミと目が合う。気まずい沈黙。思考が交錯する沈黙。
「影のシュンイチ?」とサミ。慌ててシュンイチが眼鏡を掛け、人差し指を唇にあて、教室を立ち去った。
 内緒に?
 あれはそういう合図だろうか。合図にアイズ。サミの疑惑は確信に向け、加速した。

 それ以来、彼氏との仲がうまくいかない。気になり出すと、他のことに彼女は集中できない。「やろうよ」どうして男というのは真っ先に体を求めてくるのだろう。高校生活は刺激に満ちているとはいえ、性への衝動だけで終わらせたくない。なにせアイドルがいるかもしれないのだから。

 サミは屋上にいた。待ちかねたように陽光が辺りを照らす。
「サミさん」
 サミは振り向く。そこには眼鏡を外したシュンイチがいた。やはりそうだ。疑惑が確信に変わった。そう、彼はシチだ。
「シチね」サミは断言した。アイドル独特のオーラを彼は放出している。オンとオフを使いわけるかのように、自在に己を演出していた。シュンイチが彼女に近づく。堂々と、そしてゆるやかに。
「やはりバレましたか。黙っててもらわないと」とシュンイチ。
「黙ってるわよ」サミは生唾を飲み込んだ。だって、目の前にアイドルがいるんだよ。
「僕の場合の黙るは、こうです」
 シュンイチがサミの唇を塞いだ。タンポポの綿毛のような唇だった。そのまま飛んでいきそうな。それはサミの心かもしれない。彼女はとろっとした目になり、もう一度、唇を押し返した。


 
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