あやなき恋
***
私の頭は空っぽだった。
私のこと
南さんのこと
今は何も考えたくなかった
ぼーっと歩いているせいで、横から飛び出してくる人に気が付かなかった。
「……っとと!すまんねェ~…っていつもの姉チャンじゃねぇかィ」
私は気が付かないうちに、いつも買い物に来ている魚屋と八百屋の通りを歩いていたみたいで
大きい発泡スチロールの箱を持つ鷹さんは、私を見てビックリしていた。
「…あ、鷹さん」
「最初は誰だか分かんなかったぜィ。こりゃまた綺麗な格好して~…こんな時間に?一体何してるんでさァ」
人通りなんてほとんどない。
そんな中、鷹さんの声が大きく響いた。
「仕事帰りで…私、そこのCatsで働いてるんですよ」
私は鷹さんと目が合わせられなかった。
人に仕事先を教えるのはいつも躊躇っていた。
「ほ~涼子ママんとこ!オレの親父がよくお世話になってんでィ」
「そうなんですか」
私は帰ろうと足を踏み出したが、鷹さんに引き止められた。
「今ちょうど仕入れたとこでさァ。うまいもん食わしてやっから中入ってくだせェ」
「えっ…」
手が汚れていて私を掴めない鷹さんは背中で私を店の中へと押しやった。
「姉チャン、お名前は?」
鷹さんは奥の厨房で作業を始めた。
「ヒナです」
「ヒナ、そこ座ってくだせェ」
汚くて悪いねィと南さんは苦笑しながら、小さな机と椅子を指差した。
「なんせ男しかいねえでさァ…さ、これでも食ってくだせェ」
鷹さんは私の目の前に味噌汁の入った器を置いた。
「鰹のあら汁でさァ」
私は今にも泣きだしそうだった。