手を出さないと、決めていたのに
「あそう……」
「正美はー?」
 俺のことなんか、見てないか。
「仕事だよ」
 そりゃそうだ。
「そっか、頑張ってね」
 無責任な一言。
「うん」
「またメールするからね、ちゃんと見てよ」
 家に帰ったら、携帯ばっか気になって、仕事どころじゃないのに。
「ああ……」
 だけど、もし姉さんにこの気持ちをばらしたら、困るだろ?
「うーん、美味しかった。良かったでしょ、ここ」
「うん」
 だからギリギリまで我慢しとく。
「正美……」
 こんなに完璧な甘美な表情と声で、
「正美?」
 俺を呼ぶのなら
「え、あ、ごめん、何?」
「どこ見てたの(笑)」
 そうやって優しく笑うのなら、一度でいいから
「……別に」
 抱きしめてよ。
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