手を出さないと、決めていたのに
「正美ってさ、よく話聞いてないよね。そういうときってやっぱり小説のこととか考えてるの?」
 さっきからずっと目に入っている、姉。その隣にいる、兄。
 姉が兄に焼肉のメールをした翌日、つまり姉と2人で食事をした2日後。早くも3人で揃うことになり、今日は兄行きつけという高級店に来ている。店の隅にはさっき芸能人の姿がちらりと見えたが、黙っていることにした。そういう話題は面倒臭い。
「え……うんまあ……。パッとストーリーが頭駆け巡ると、ずーっとこう映画みたいに頭で流していく感じかな……」
「へー、じゃあぼーっとしてるのは職業病なんだ」
 隣の姉はどうでもよさそうに、肉を焼きながら笑った。四人掛けの四角いテーブルの場合、兄が一人で座り、その他2人は対面して並ぶと、昔から何故か決まっていた。
「いやでも、お前は昔からそうだったぞ。小説家になる前から」
「そうかな……話聞いてないことはないんだけど」
「えー、嘘。じゃあ今何話してたか言ってみて?」
「え、だから兄さんの店にある高いネックレスの話」
「で?」
「で、それがテレビに出てたっていう」
「なんだ、本当に聞いてる」
「俺はもう慣れたよ。そんなお前に」
「え、生まれたときから?」
 生まれた時、姉はいなかったという認識をこの時おそらく全員がしたが、もうそんなことに感傷的になる歳でもない。
「さあ、気がついたら。中学校くらいのときは確実にそうだったよ。ま、今更気にはならないけど」
 兄はさっきから肉を焼くために自分の区画を作って、その中でおかずを作っている。その他2人は、それ以外の区域で好きに焼き、時々兄に口と手を出される。
 いつものことだが兄が店を決めた場合、全額支払いを持ってくれるので2人はもう何も言わないことにしている。
 ビールも3人同じ物が注がれているが、姉のはほとんど減っていない。ビールが嫌いなんだ。なのに兄は知ってか知らずか、必ず最初は同じ物を頼んでいる。
「昨日、お前の彼氏に会ったよ」
 3秒の沈黙。
「えーーーーーーーーーーーーー!!!」
 無意識なのだろうが、姉の両手がこぶしになっていた。
「聞いてないのか?」
< 13 / 26 >

この作品をシェア

pagetop