ドッペルゲンガー ~怪事件捜査倶楽部~。
沈黙が、ただ流れる。
要達は哀れだった。榎木の事が、ただ、哀れだった。
榎木が思い出せない呉野の言葉を、彼女達は、見つけたんだろう。
そして、想ったのだ。ひとつの人間の虚しさを……。

「……先輩、これ見えますか?」

そう言われて榎木は顔を上げる。
要は、呉野のメッセージの紙を掲げた。

「何でこんなもの残したんだと思います?」

榎木は黙って首を振った。

「呉野先輩は『ゑ』に……榎木先輩に、早くこんな事は止めて欲しかったんですよ。それに、あなたが呉野先輩にお守りの事を言った事を忘れていても、呉野先輩が覚えていたのは、嬉しかったからなんじゃないですか? 秘密を分け合えたことが。春枝さんも言ってましたよ。自分にだけ打ち明けてくれた事が、嬉しかったって――友達だから嬉しかったんだって――」

その言葉を聞いて榎木は驚いた表情をし、何かを考えた後、一滴の涙を流した。

「なんで、涙が出るの?」

榎木は自分の行動に驚きながら頬に流れた涙を拭った。
そんな榎木に、美奈はおずおずと話しかけた。その声は、どこか優しく響く。

「……先輩は、否定なさるかも知れないですが、わたしは、人間は罪を犯し
『なれ』てしまった時、心を凍らせるんじゃないかと思うんです。……自分の醜さと、罪と……いろんなことに、押しつぶされないように……。心を凍らせて、狂わせて……動けなくするんじゃないかって、思うんです。だから、先輩も……きっと……」

美奈を一瞥し、榎木はゆっくり瞼を閉じた。
その時、携帯の着信音が鳴り響いた。
皆が一瞬ドキリとし、自分のじゃないかと確認すると、あかねが電話を取った。

「はい、もしもし!」

「お前、携帯ぐらい切っとけよなぁ」

秋葉が小声で言うと、あかねはいきなり叫び声を上げた。

「ええ!!本当ですか!?」

その声に秋葉は思わず耳をふさぐ。

「何だ!?」

あかねを睨むと、あかねは嬉しそうに「はい、はい」と答えていた。
そんなあかねを要達は何事かと見つめていた。そんな要達を尻目に、三枝は榎木に声をかけた。

「榎木、一緒に警察に行きましょう。自首ならば、罪は軽くなりますから」

榎木は何かを考えるように、三枝を見つめた。そして、深く頷いた。
榎木の顔は、先程までの剣のある顔ではなくなっていた。憑き物が落ちたような、穏やかで、罪の意識をどこかで感じているような、そんな表情だった。
榎木も心のどこかでは、自分の罪を暴いて欲しかったのかも知れない。ただその気持ちを、受け入れる事が出来なかっただけで……。

あかねの周りに集まり、あかねに注目している事を確認するように、要達を凝視しながら三枝は榎木を部屋の外に連れ出した。
要達は結局わけが分からないまま、あかねは電話を切った。するとあかねはもの凄い勢いで振り返って、歓喜の叫びを上げた。

「呉野先輩がぁ! 目を覚ましたぁ!」
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