ドッペルゲンガー ~怪事件捜査倶楽部~。
「お待たせ」

言った高村に、日吉は声をかけずにホームへと続く階段を上っていった。私を一瞥して。

「日吉は?」

「ああ、違うの。日吉とは一緒になっただけ」

「ああ、そうなの」

言って高村を見ると、高村はにこりと笑った。
つられて私も微笑むと、高村は「あのね」と言って切り出した。

「榎木、皆元綾香って覚えてる?」

「ええ、同じクラスだったわね」

私がそう答えると、彼女は小さく頷いた。

「そうよ」

小さく呟いた後、私をスッと見据える。そして、毅然と言い放った。

「なぜ――綾香を追い詰めたの?」

「!?」

私は一瞬思考が停止したわ。
そのすぐ後、胸の辺りを、数十匹の虫がザワザワ歩き回ってるような、そんな不快感を覚えた。

「追いつめるって……なに?」

平静を装って、そう私は答えた。
だけど、彼女の瞳は、その凛とした強い光を失わずに、いっそう輝いたように映った。

「正直に言って。何にも無かったら、謝るわ。だけど、私が思っているコトが、当たっていたら、それなりの罰を受けて欲しい」

高村の、強い瞳を見るたびに、強い言葉を聞くたびに、私の心の中は、虫達に食われて、闇に染まっていくようで……早く、こんな話終わりにして欲しい。
お腹の辺りが、チクチクと痛む。

「だから、何の事よ?」

平静を、装おうとしているのに、つい、イラついた口調になってしまったことに、私は、ハッとして、下唇を一瞬噛んだ。
彼女はなおも、私を凛とした強い瞳で見つめる。
そして、彼女は驚く事を口にする。

「手紙、綾香に出したでしょ?『いつも見てる』とか『早く私と代わって』とか何枚も何枚も!」

「え?」

混乱してぐるぐると思考が回る。

――なに? どういう事?

「ちょっと待って、そんなの出してないわ!」

私は思わず叫んだ。
でも高村は、私の言う事を信じようとはしなかった。怒りを帯びた瞳で私を見据える。

「あ……」

その瞳に圧倒されて、私は二の句が告げなかった。

――誤解よ!
言いたいのに、声にならない。そんな私を高村は罵倒した。

「榎木が手紙を出したって事は、わかってるのよ! それだけじゃない、あなた霊能力ないそうじゃない!?」

――え……?
私が呟いた言葉は、はたして声になったのか、私には分からない。ただ、頭が真っ白になって、何も考えられなかった。

「それでよくあんなデタラメ言えたね!」

「な、んの話?」

とりあえず、とにかく笑わなきゃ……! 私は、思わず取り繕ったように笑った。
それを受けて、高村はなお激しく責め立てた。

「とぼけないで! 綾香には何も憑いてなかったくせに、あんなことアンタが言ったから、綾香は……! それだけじゃない! アンタは手紙で綾香を脅した! 追い詰めた!! 違う!?」

自分の動悸が早くなるのを感じた。汗が、頬をつたう。

「……私は、知らないわ」

目線を下にして、振り絞るように答えた。声が震える。
一瞬、高村は哀しそうな表情をし、一言、呟くように何かを言った。
私はその言葉を、聞き取る事は出来なかった。

「私には、本当に霊能力があるの。言いがかりをつけないで! それに、手紙なんて知らないわよ!」

そう睨みつけると、高村は「ふっ」と鼻で笑って「言いわ」と不適に言った。そしてとんでもない事を口にする。

「アンタに能力なんて無いってこと、みんなにばらしてやる!」

「なっ! なん――」

あまりにも予期しない言葉に、私の言葉は出なかった。

「ばらしたって、本当にアンタに能力があるんなら、別に何も困る事はないでしょ?」

高村はその言葉を残し、横の階段を上って行った。

――なにを言ってるの!?

私はそう心の中で叫んだ。

――やめてよ!そんなコトされたら……またあの頃に戻っちゃうじゃない!!

(何て、女なの!? 悪魔よ、あの女は、悪魔よ!!)

心の中で、黒い感情がとぐろを巻く。その時、聞き慣れた声がふってきた。

「うっわ~、悪い女だねぇ、優梨」

「!!」

驚いて顔を上げると、さっきまで高村がいた場所に日吉がいた。

「ごめんねぇ。話、聞いちゃった」

自分の顔が、サァ―― と音をたてながら、青ざめて行くのが、分かった。

「ああっと!待った!」

日吉はそう言いながら、自分の手を私の顔の前にかざした。

「あたしはねぇ、榎木、あんたのこと信じてるよ。あんたに霊能力が無いなんてありえないよ!」

そう言って微笑む。
その言葉に、光が差したように心が暖かく、同時に心がざわついた。だけど、私はその感情は見ないふりをしたんだ。

(そうよ! 高村が私に『霊能力は無い』と言いふらしたって、みんなが信じる訳が無い!)

そう自分に言い聞かせると、日吉が「でもね」と不安そうに私に言った。

「あたしは、信じるけど、皆が皆、信じるとは限らないよねぇ、それが心配だな」

言って、私を静かに見つめる。

「でもまあ……あたしはアンタを信じるけどねぇ! でも、高村も、性格悪いよ――ねえ?〝ばらす〟なんて言うことないのに……ねぇ?」
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