ドッペルゲンガー ~怪事件捜査倶楽部~。
窺うように、私に投げかけられる言葉……その言葉のすべてが絡みつく蛇のように、私に巻きつく。

「そう、なにも〝ばらす〟なんて――」

あとから思えば日吉はそう言って、口の端を歪めた。
だけど、私はその時、日吉の放った〝ばらす〟と言う言葉が、脳裏を駆け巡っていて、そんな事は気にならなかった。
再び私の胸を、虫がうようよと歩き回り、私の光を食らい始めた。
どんどんと、暗闇が広がる――と、そこへ日吉が声を上げた。

「ああ! あたしちょっと、コンビニに用があって下りて来たんだっけ! そんじゃね!」

そう言って、日吉は改札口付近へと向った。
一人、取り残された私は、日吉の言葉と、高村の言葉の間を行ったり来たりしていた。その間は、数秒だったんだと思う。
だけど、私には、とても長い時間に感じた。その間に、私は、一つの結論に達した。
――あの女がいる限り、私の不安はなくならない!
虫はいつまでも私を蝕む。あんな生活に戻るのはイヤ! 何てヒドイ女なの!? 私の人生を奪う気ね!? 許さないわ!
早く、早く、この虫を取り除かなくちゃ……。


――あの女を殺さなくちゃ!!


私は静かに階段を上った。心は、不自然なほどに、静かだった気がする。
辺りを見回して、高村を見つけた。
高村は、ホームに立って、携帯をいじくっていた。
――幸い、後ろには誰もいない。
周りの人々は、誰も高村を気になどしてはいない――私は気配を消して、そろそろと高村に近づいた。
――そして、その背中を押した。
重い背中の感触と、「あ」という私と高村の言葉が耳についた。
私は急に、恐ろしくなった。そして、高鳴る鼓動を無視して駆け出した。
(だ、大丈夫よ。きっとすぐに、誰かが助けてくれる――!)
階段に足を掛けたその時だった。

――ガンッ!!

突如響いた、大きな、大きな……衝撃音……。
……なにかが、ぶつかった音……。

「誰か轢かれたぞ!」

「きゃあああ!!」

誰かの悲鳴が背後で響いた。人の波が、私を押し戻す。
その波を懸命に押して、私は階段を下りた。
ほんの数十秒の出来事……なのに、身体が重くて、いう事を聞かない。
足がもつれて、何度も転びそうになった。
息を切らして、走って、走って、まだ遠ざからないような不安で、何度も後ろを振り返る。
迫ってくるような恐怖が、あの黒い虫を目覚めさせて、駅と一緒に私を追いかける。
私はいつまでも走った。
息が切れた頃、やっと足が止まってくれた。

――ふいに、笑いがこみ上げてきた。

「はっ、あはは、はは……嘘でしょ!?」

――ちょっと脅かそうと思っただけなのに!

なのに、なんで なんで!?

――電車が来るの!?何でこんな事になったの!?

ああ……そうか、電車の確認はしてなかった――来るなんて思わなかった!
本当は、そうよ、殺さなきゃって、思ったけど、本当は、ただ、脅そうと思って……電車が来なければ!

――来ないと思ったのに……!!

どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう――。


――捕まりたくない!!
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