断髪式
俺とナツが出会ったのは、夏のはじめだった。
その日はひどい台風だった。
どしゃ降りで、車すら風で揺すられて、そりゃもう電車なんて動く見込みはなくて、傘なんて役にたたなくて。
もう夜はふけていて。バスが一向に来ないバス停に、途方に暮れているように、立ち尽くすナツがいて。
そういう偶然がたくさん重なった。全部並べ立てるのは難しいけれど。それでも。
その日に、ナツが俺の家に来ることになった理由は、その偶然の集まり以外の何物でもなかった。
その日会った ばかりの人の家にあげてもらうのは初めてだ、とナツは言った。
俺も初めてだった。初対面の女を、家に入れるのは。
暴風と暴雨が、外の世界を塞いでいた。
何も見えなくて、雨の音だけで、お互いびしょ濡れで、身体は冷たくて。
俺たちが抱き合う条件は、多分たくさん揃っていた。
ナツの手のひらは、俺の手のひらよりずっと冷たかった。
…ナツの背中は、俺のよりも温かかった。
その日、俺はとても深い眠りに落ちた。
隣に誰かいると眠れないたちなのに、どうしてかナツの隣ではすうっと引き込まれるように眠ることができた。
皮膚を数箇所触れ合わせて。人の体温って、こんなに心地いいもんだったかなぁと。そんなことを思いながら。