断髪式
…数時間経った頃だろうか。
手を伸ばして求めた先に、あたたかな温度を感じなくて。それで、ふと目が覚めたのだ。
ぼんやりと開かれた世界には、彼女の姿はなかった。
一瞬夢だったのだろうかと思った。少し慌てて、部屋の中を見渡す。
ずいぶん小さくなっていた雨音。
だから、吹き込む風の音がわかった。ベランダの窓が、少し開いていた。
姿は見えないけれど、彼女はどうやらベランダに出ているようだった。
…眠れなかったのだろうか。
ベッドから体を起こしたら、彼女の後ろ姿が見えた。
暗い背景の中なのに、闇と彼女の黒髪はちゃんと分離して目に映った。
ふいに、名前を呼ぼうとした。
でもその時、まだ名前を知らなかったことに気がついた。
俺はしばらく、その姿をぼうと見ていた。
気づかれないように、そっと。
声をかけてはいけないと思った。たとえ名前を知っていたとしても。
視線の先にある白い肌は、静かに泣いているように見えた。