断髪式
「ね、ベランダに出てみようよ」
心地よい倦怠感に浸っている俺の腕を軽く、彼女が引く。
パァン。まだ続く音。花火は夜の代表音のはずなのに、明るく弾けるそれは昼間のものみたいで、少し違和感を覚える。
だるくて、でも彼女があんまり楽しそうに言うもんだから、渋々とジーンズだけはいてベランダへ出る。
吹いてきた生ぬるい風が火薬臭くて、眉を寄せた。
「…ふふ、めんどくさいって思ってるでしょう?」
そんな俺を見て、彼女は笑う。眉を下げて。
「でもたまにはいいものよ?いろんなものを見たり、聞いたりするの」
彼女にならって、広がる空を見上げた。
真っ暗な中に、赤。緑。単色の、出来損ないみたいに小さな打ち上げ花火。
すぐ近くにある白い肌が、横顔が、あの夜の光景と被る。
いつも笑っているけれど、その、少しだけ下がった肩は、肩には、どこか寂しさが揺らいでいて。
ふいに引き寄せて、腕の中に入れ込んでいた。
目下にある頭のてっぺんに、顎をのせる。少し下がっていた肩が少し跳ね上がって。
…いつか。
お前が俺のことを何でもわかってくれるように、俺もお前のことをわかりたいと思う。
いつか、見に行けたらいいと思う。聞きに行けたらいいと思う。お前が言う、いろんなものを。
夏が似合わないと、お前が笑うほど出不精な俺でも。
お前となら、どこかに出掛けたっていいと思えるくらいに。
さっきから一言も発さない俺がそんな長ったらしいことを考えているなんて、お前は思わないだろうか。
伝わっているだろうか。
何でもわかってくれる、お前だから。