c-wolf
ざわめきが戻りはじめたとき、小柄な人影が入り口の板戸をあけて入ってきた。

びしょぬれの服で、濡れた顔をつるりとぬぐった手は意外に細く、そばに座っていた男たちは、入ってきたのが、まだ若い娘であることに気づいて、興味をひかれた顔になった。

十五、六歳ほどの、目鼻だちのくっきりとした少女だった。

顔も腕も日に焼けることを知らないかのような白い肌だった。。

それでも腕や足には細身だからなのか筋肉の筋が見えた。

生きいきと動く大きな黒い目が、誰かを探すように、けむった室内を見渡していた。

「ここだ」

少女に気づいて手をあげたのが、さっき短刀を弾いた赤目の男であるのを見ると、酒場の男たちは娘にむけていた目をそらした。

娘は嬉しそうに濡れたまま男の前に座った。

ウェイターに木苺のパイを頼むと、男に顔を近づけた。

「後かたづけはしてきたよ。ヴォレフ。でも、本当にアイツがヤクサの声を奪ったの?」

Cと呼ばれた男は水を一気に飲み干した。

「あぁ。確かだ。ヤクサが絵で描いてくれた」

「でも、何年も前だ。顔が違っているとか考えなかったの?」

「考えたさ。だが、整形をしても必ず変えられない部分というのがあるからな」

「ふぅーん」

娘は木苺を頬張りながらヴォレフをみた。

ヴォレフは視線に気づいたのか、ニンマリと笑った。

「何?俺をそんなに見つめちゃって。そんなに俺の顔に惚れた?」

「そんな訳ないじゃん。今のヴォレフは嫌いです~」

「そんなツンツンすんなって、ターク。なんなら抱いてやろうか?」

「バッカ言うな!バカヴォレフ!」

「バカってヒドイなぁ~。僕はそこまでバカじゃないんだけど?っていうか、最近どうなの?」

性格がコロッと変わったc-wolfに娘、タークはため息をつきながら答えた。

「ヴォレフ。その性格やめようよ。ほんと疲れるから。最近は良くも悪くも。ただ、天変地異が起きるとか噂されてるよ。ま、原因はこんな大雨とか雷とかが多いことが原因だけどね」

「仕方ないだろ。これは僕の一生かけて直せない癖のようなもんなんだから。なるほどね~。だからここに来たとき晴れたり雨降ったりいろいろ天候が忙しかったんだね」

「うん。で、ヴォレフのところは?」

「ん?ああ……。まぁまぁだな。ただ……変わったことと言えば、POLの人間がc-wolfに入ってきた」

タークの手から木苺のパイが落ちた。

木苺のパイは皿にボトリと落ちる。

「嘘でしょ……?」

「俺は嘘は言わない」

「え、で、でも、POLって……あのPOLだよね?」

「POLなんてほかにあるか?」

「でも、POLってヴォレフが一番許さないところなんじゃ……」

「まぁ、いろいろあってな」

「そう、なんだ……」

c-wolfはチラッとタークをみて首を小さくコキッとならした。

「お前が俺と同じようにPOLを恨む理由は分かる。なんたってヤクサの声を奪ったのは元POLの人間だったしな。それでも、今日その敵は討った。これでお前はもうc-wolfの人間じゃなくなる。もう人殺しはすんなよ」

タークは少し悲しそうに笑った。

「ヴォレフに会ったのってわたしが何歳の時だっけ?」

「6歳だな」

「そうそう。ヤクサは5歳でさ、わたしはヤクサのお姉ちゃんだからしっかりしなきゃって思ってた。でも、そう思う反面、ヤクサを殺しそうになったよね。それを止めたのがヴォレフでさ……。わたしが本当に殺さないといけないのはわたしたちの親を殺したPOLの人間だって教えてくれたよね。あの言葉がなかったら多分……。わたし、ヤクサを殺してしまってたかも。もう、ヤクサはわたしのことを覚えてくれてはないけど、でも、ヤクサによろしくって伝えてくれるかな?ずっとわたしの妹でいてくれてありがとうって」

c-wolfは水を注ぎ足すと、タークをジッと見据えた。

「今からヤクサに会っても遅くはない。それでも会わないのはなぜだ?」

タークはくるくると髪をイジる。

「うん。会いたい。わたしも会いたい。どんな風に成長したのか見てみたい。わたしはヤクサのお姉ちゃんだからね。でも、ダメなの。今会ったら……歯止めがきかなくなる。また、ヤクサを殺してしまうかもしれない」

c-wolfは小さく鼻をならした。

「なら仕方がない。お前をc-wolfにつれていくことは無理だな。お前は才能があるからコッチにとっては必要な人材だが……。まぁ、ここでのんびり過ごすってのも悪くないだろ。約束だからな。だが、俺がいないときに人殺しをするな。分かったな」

「うん、約束するよ」

パンッと酒場に手と手が合わさる音がした。
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