“愛してる”の、その先に。
「ほら、早く村井」
「でも…」
私は躊躇う村井の腕を引っ張り、タクシーに向かおうとした。
その時、タクシーの後部座席の窓が開く。
後部座席には、廣瀬さんの姿があった。
タクシーの中から、こちらを見ている。
「……廣瀬さん…」
思わず身体が硬直した。
村井は隣で、私と廣瀬さんの顔を見比べている。
廣瀬さんはタクシーから降りようとせずに、携帯を耳にあてた。
それと同時に、私の携帯が鳴り響く。
画面には、廣瀬さんの文字。
「……はい」
私は恐る恐る電話に出た。
『…やっと出てくれた』
耳元で響く、懐かしい声。
数メートル先の彼の口が、小さく動いた。
『…話がしたいんだ。一緒に、来てくれないか?』
「………」
私は唇を軽く噛み締めた。
どうして……
…もう、何も話すことなんてないのに。
『…お願いだ、真奈美』
……ずるい。
こういう時だけ名前で呼ぶなんて、
本当、ずるい人。
「……わかりました」
そう一言だけ答えると、私は携帯を切った。
「村井、ごめん…私ちょっと本社に寄ってく用事が出来たから…」
「行くんですか」
村井が、そっと私の手首に触れた。
掴むわけでもなく、引き寄せるわけでもなく…
遠慮がちに触れた指から、村井の熱が伝わってきた。
顔をあげると、村井がまっすぐに私を見る。
その表情は、どこか切なそうな色をしていた。