“愛してる”の、その先に。
…どうして村井が、そんな顔するの。
なんだか可笑しくて、私は小さく吹き出した。
「大丈夫よ、私は。
村井も気を付けて帰ってね。
じゃ、お疲れ様」
「早川さ……」
私は村井に背を向けた。
村井がどんな表情で、私を見ているのかわからない。
突然現れた廣瀬さんと私を見て、何を思ったかわからない。
…でもこれは、私自身の問題だから。
村井には、関係のないことだから。
雨の中、彼の待つタクシーへ向かった。
後部座席に乗り込むと、直ぐに発車する。
ふとビルの方へ目を向けると、
村井がこちらを見て立ち尽くしていた。
私はすぐに、目を逸らした。
ーーーーーー…
「本日からこちらに配属されました、早川真奈美と申します。
ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
8年前。
新入社員の私が配属されたのは、当時廣瀬さんが課長を務めていた今の支社だった。
「ようこそ。
うちみたいな男所帯のところに、こんな若い女の子が配属されて少しは華やかになるなぁ」
「課長、いくら早川さんが若くて可愛いからって、特別扱いはなしですよ!
セクハラで訴えられますからね」
周りの社員が野次を飛ばす。
私は、無理やり愛想笑いを浮かべた。
あの頃私は、
まだ社会の右も左もわからない小娘で、
仕事を覚えて、目の前のことをこなしていくのに精一杯で…
気持ちに余裕なんてなかった。
社会人になったと同時に実家を離れて1人暮らしを始めて、
だんだん学生時代の友達とも疎遠になり、
同期の女子社員は次々と寿退社をして、
特に趣味もない私の生活は、仕事中心となっていった。