“愛してる”の、その先に。
だけど職場の人たちはみな良い人で、
良い意味で女の私を特別扱いにはしなかった。
対等に仕事の話をしたり、飲みに行ったり、カラオケで喉が枯れるまで歌ったことだってある。
だから私は仕事がつらいだとも、
ましてや寂しいなんて思ったことなどない。
恋人はしばらくいなかったけど、
入社して2〜3年が経ちだいぶ仕事に慣れてきても、恋人が欲しいとも思わなかった。
男気のない私に、周りの男性社員に心配がられるほどだった。
廣瀬さんは私の直属の上司で、
日課である朝の掃除を直々に教えてくれたのも彼だった。
彼は温厚な性格で、部下を叱っているところをほとんど見たことがない。
上司にしては少し頼りないところもあるけれど、
周りをまとめるのは上手かった。
彼の一声で、周りの空気が変わることがよくある。
そんな廣瀬さんを、私は上司として尊敬していたし、
20歳近く年は離れているけれど、
“可愛い”と思うこともよくあった。
…だからどうしてこうなったのか、
今ではもう覚えていない。
ーーーーーー…
「…さっきの彼」
タクシーが雨の中を走る。
水滴が窓を濡らし、外の世界をぼやけさせた。
無言が続く車内で、廣瀬さんはぽつりと口を開いた。
「真奈美のとこの社員?」
「…去年うちに配属された村井です。
私が彼の教育係を務めたんです」
私は廣瀬さんの方を見ずに答えた。
「…そうか。真奈美が教育係…もうそんな年か」
「それ、他の女性社員に言ったら怒られますよ。
確かにもう28じゃ、誰も“若い”なんて言ってくれませんけどね」
「いやいや、すまん。
僕なんかに言われたくないな。
そうか…もう28か…」
廣瀬さんは小さく笑った。