“愛してる”の、その先に。
「何もなかったわよ」
「え?」
「確かにホテルには行ったけど、お茶しただけ。
村井が思ってるようなことは何もなかった。
……廣瀬さん、転勤されるんですって。
奥様のご病気と、娘さんのことも考えて、奥様のご実家があるY県へ引っ越されるそうよ」
“……真奈美を、愛してる。
だけど君には、もっと幸せな道があるはずなんだ。
今まで、それを邪魔してきたのは僕自身だ。
本当に、すまなかった”
昨日、廣瀬さんはそう私に向かって頭を下げた。
そう言って私から逃げるのかと冷静に思う反面、
胸が千切れそうな、切なさが溢れた。
「私たちは、互いをがんじがらめに縛り付けていたのに気付いていなかった。
だから、廣瀬さんがそう言ってくれて嬉しかったの。
彼が私を選ぶのではなく、自分の家族を選んでくれた。
そうじゃなかったらきっと、私は彼を軽蔑してた」
“……真奈美のおかげで、やっと気付いたんだ。
僕は今まで逃げていただけで、ずっと目を背けていた。
妻のことも娘のことも、向き合うことから逃げていたんだ。
…だからもう逃げないと決めた。
そう思えたのは真奈美のおかげだ。
ありがとう”
…涙が溢れた。
私は、廣瀬さんからそんな風に言われる資格なんてない。
“ありがとう”だなんて、感謝されるような人間なんかじゃないのに。
それでも今まで、私のそばにいてくれて、
こんな私を一瞬でも愛してくれて、嬉しかった。
そんな風に言ってくれて、本当に嬉しかった。
「……だからね、私も前に進むって決めたの。
廣瀬さんが願ってくれた通り、私は私の幸せを見つけてみせるって」
「早川さん……」
「ねぇ村井、さっきのセリフ、もう一回言ってみて?」
「え?」
村井がキョトンとする。
「ほら、あれよ。
プロポーズみたいなセリフ」
私がそう言うと、村井は顔を赤らめた。