私の好きな人は駐在さん
「えっとね、この辺にあるのよ。私も最近外でゆっくり、ってのがないから久しぶりなんだけど。」
細い路地をくねりくねりと入ってから数分、由紀がキョロキョロと周りを見ながら言った。
確か以前、会社の打ち上げでこの近くの料理屋さんで食べた覚えが
あるが、こんなに奥まったところは初めてである。意外に飲食店が軒並みを並べており、細い路地が余計に窮屈に感じた。
そろそろ冬が近づいてきたせいか、夜が訪れるのが最近早くなってきて、このあたりも看板のきらびやかなネオンが一層窮屈さを駆り立てていた。
「あった!ここ、ここ。」
そういって、由紀が指差したのは、一軒の小さなイタリアンのお店だった。
こんな喧しくギラギラした店の中で、ひっそりと佇んでおり、こじんまりとどこか落ち着きと静けさを感じさせる店構えだった。
赤い屋根に、白い字で、『ラタトゥーユ』と書いてあり、外には木で作られた、小さな看板が置いてあり、本日のオススメ、などとメニューが書いてあった。入り口のドアは、板チョコのようで、小さなベルと暖色のランプが付いていた。
壁はクリーム色で、小さな窓が一つあり、ワインレッドのカーテンの奥から光が漏れていた。
「私のお気に入りの場所なの。じゃ、入ろっか。」
そういって由紀は私に先立って、板チョコみたいなドアの取っ手に手をかけ、手前に引いた。
チリンチリン、と上品な鐘の音と共に、穏やかな光と食欲をそそる匂いが私達を静かに出迎えた。