私の好きな人は駐在さん
「何か、ご用ですか?」
さっきはかぶっていなかった帽子をかぶった、待ちわびたその姿がそこにはあった。
あまりの唐突で予想外な出来事に、思わず悲鳴を上げそうになったのを必死にこらえた後は、なんとも言えない恥ずかしさがこみ上げてきた。
そして、なんといっていいかわからず、
「いえ、あの……その、近くに、えぇっと…。」
とつい口ごもってしまった。
「あ、もしかして、あなたは……??」
彼は、目を丸くして私をまじまじと見つめた。
その水晶のような透き通った瞳に吸い込まれそうになる。
「こないだの、あの、夜中の婦警さん!」
「あわわ、婦警さんじゃ、ないです!!」
私は、あの恥ずかしい悪夢を蒸し返されたこと、そしてその事実を覚えられていたことにとてつもない恥ずかしさを感じ、とっさに否定した。
「先日は、ご迷惑おかけいたしまして……」
私は深々と頭をさげた。
「今日は、なんだか、雰囲気が違いますね?あ、婦警さんじゃないからか。」
そういって、彼は高らかに笑った。
笑い声も低すぎず、高すぎず、さわやかなのね、なんて思ってしまった。
「だから、婦警さんじゃないです、やめてください、はずかしい……私は橘かおるっていうんです。」
顔が真っ赤になってるのが自覚できた。
「あ、確かこの辺にお勤めだったんですよね。あれ?でも今日は休日……?」
「あ、今日は休みなんですけど、いい天気だったので、散歩がてら、買い物に。」
先ほど買った買い物の手提げを持ち上げながら言った。
「そうだったんですね。確かに、今日はいつになく空が明るい。それで、いい買い物はできましたか?」
穏やかな微笑を顔にたたえながら、彼は尋ねた。
「はい、いい買い物ができました。」
なんだか気恥ずかしくて、伏し目がちに答えた。
今、彼と話していること自体信じられないのに、顔を見つめて話すなんて、絶対できない!
「あの……刑事さんは、お仕事ですか?」
私は、消え入りそうな声で、なんとか勇気をふりしぼって話しかけた。
「あはは、刑事さんだなんて。僕は刑事じゃありませんよ。この町の一駐在です。渡部っていいます。」
そういって、またさわやかな笑い声をあげた。
「あ、すみません……。」
自分の抜けた発言に恥ずかしさを感じ、穴があったら入りたいと思うと同時に、駐在さんは渡部さんっていうんだ…と名前をしれたことに嬉しさも感じていた。
「渡部さんっていうんですね。」
「はい、渡部真一。真実の真に、ナンバーワンの一です。実生活では、真実味もなければ、ナンバーワンになったこともないんですけどね。」
そういって、また彼は笑った。
「素敵な……名前ですね。」
つい本音が口をついてでた。
「あ、そうですか、初めて言われましたよ。ありがとうございます。かおるさんも素敵なお名前じゃないですか。」
か、かおるさん……!!?
あまりの急展開に頭がついていかない。ショート寸前!!
今、確かに、かおるさん、って言ったよね!?
「ちょっと、このあたりで不審な人が見られたという情報がいま入ってきて、見回りに行こうとしていたところなんです。まだお昼で明るいですけど、どうかお気をつけて!お散歩楽しんでくださいね。では。」
そういって、軽く笑みを浮かべ、交番前に停めてあった自転車にまたがると、颯爽と走って行った。