私の好きな人は駐在さん
「橘、原稿はできたか?」
デスクが、耳に鉛筆を挟んだまま、私の席まで来て尋ねた。
これは、デスクの長年の癖である。
理子はこれを見て、いっつも納得できないような表情を浮かべるのだが、
「しょうがないだろ、どこに置いたか忘れるんなら、耳にかけとくしかないだろう!受験生の頃からの癖なんだよ!」
と部長に一喝されるのである。
「忘れるんなら、胸ポケットにボールペンでもさせばいいじゃないですかぁ。」
案外理子は、ぬけてるようで的確な突っ込みをいれるのである。
「うるせー!俺は鉛筆じゃないといやなの!!そんな横文字の筆記用具なんか使うかい!!」
痛いところを突かれたデスクは間髪入れず怒鳴り返す。しかし、かなり苦し紛れの返答である。
「嘘ばっかり。校正のときだってペン使うし、ホッチキスだって横文字じゃないですか。」
澄ました顔でさらに痛いところに突っ込む理子。
「うるせーっていってるだろ!!ぐだぐだ言ってる暇あったら、コピーでもとってきたり、取材にいってこい!!」
だれがみても理子の完全勝利である。デスクには悪いけど。
「はーい。」
不服そうな、でも、勝利を確信したような涼しげな顔をして返事をした。
「それにしても、受験生の時からの癖って、なかなかおじさんくさい学生さんだったんですねぇ。」
これはかなり効く最後のボディーブローである。デスクは完全にノックアウトだろう。
「さっさとやれ……。」
聞こえるか聞こえないか絶妙な声量で、多大なダメージを受けたデスクは渾身の捨て台詞をはいた。
「まあ、橘、原稿出来たら俺の机の上にでも出しといて。」
「はい、わかりました。」
そういって、心なしか小さくなった背中をむけて、ポケットに手を突っ込んでデスクは部屋を出て行った。