私の好きな人は駐在さん
昨日あんなに夜遅くに家に帰って、たんまり疲れがたまっているはずなのに、こんなにも会社へ向かう足取りが軽やかなのは、なぜでしょう?
正解は……私の胸の中にそーっとしまっておきます!
一人で歩きながら、昨日のことを思い出してにやにやしかねないから、もう考えないようにしよう。
会社までスキップでいけそうなくらい、私はまさに、浮足立っていた。
「おはようございまーす!」
いつになく、明るい表情と声で部屋に入室。
おはよーう、口々にいろんな場所から挨拶がまるでこだまのようにかえってきた。
「お!橘!原稿読んだぞ!なかなか良かった!これから風間の写真と照らしてレイアウトに入るから!校正はあんな感じでいいだろう。」
セーター姿のデスクが声をかけてきた。
「本当ですか!よかったです!!」
オッケーが案外あっさり出て、なおさら私のテンションはうなぎのぼりだ。
「また、次の方もあがってきてるからな、そっちにも随時取り掛かってくれ。」
そういってデスクは足早に去って行った。
仕事にも精が出る。まさに最近の生活はそんな感じ。
「あら、いつになく、肌質がいいわね。声もいい。仕事がほめられただけがその理由じゃなさそうね。」
由紀が相変わらず凛とした言葉を朝から私に浴びせかけてくる。
「ん?そう?別に何もないけど。」
「何もないけど。ニコッ。って、なんかあるでしょ。顔に思いっきり書いてあるよ。なんかいいことあったー!うれしー!!って。」
そういいながら私の頬を軽くつねった。
「ん、まあね。昨日の夜、あっちゃったんだよね~。」
だらしのない顔が、起動する前のパソコンの画面に映って見える。
「あら、そう。ごちそうさま~。」
自分から聞いといてずいぶんな返しである。
「あ、由紀はそろそろだよね、結婚式!」
私は身を乗り出して、由紀の方に体を向けた。
「うん。」
そっけない返答。相変わらず。
「あれか、よく言う、花嫁のためのエステにいったりとか~ほら、そういう準備もするの?」
「まぁ、一般的にはどんなことするかはわからないけど、ちょっと忙しくなるから、明日から会社に有給もらって準備するつもり。」
自分のことなのに、まるで他人事みたいないいっぷり。
「へぇ!いよいよかあ。もうあと五日だもんね……」
壁にかかっているカレンダーに目をやる。
むしろ由紀本人より私の方が、テンションあがっちゃってるよ。
「はいはい、あなたは仕事をさっさとしてちょうだい。」
そういって、由紀は席をたった。
ここまで凛としているのもほんと、すがすがしいや。
カレンダーから、立ち上がったパソコンの画面に目をうつした。