私の好きな人は駐在さん

「さ、早く。ちょっとそこの大通りまで出て、タクシー、拾いますから。」
そういって、さらに躊躇っている私をせかした。

もう何が何かわからないが、いわれるがまま、私はとりあえず、渡部さんの背中におぶさった。

「よいしょ。じゃぁ、少しの間、歩きますね。辛抱してください。」
そういって、彼はゆっくり歩き始めた。


どうなってるの……
とりあえず、今が夜でよかった。真っ暗でよかった。
そう思うほど、きっと今の私は真っ赤な顔をしていたであろうから。
リンゴよりも赤く色づいている自信があった。
まぎれもなく、そうさせたのは彼であるが。
そして、この、恐ろしいくらい早いリズムをきざんでいる鼓動が、彼の背中に響いてとどいてしまうのではないかと恐ろしく、気が気でなかった。

「ご、ごめんなさい…、私、重いですよね!いいです、歩くんで、おろしてください!」
あまりの恥ずかしさと、そういや最近太ったところだったという最悪な事実を思い出して、私は彼に懇願した。

「何いってるんですか。重くなんて、ちっともありません。これは、むしろ、もっと食べなくちゃですよ。忙しくてちゃんとご飯食べられてないんじゃないですか?ちゃんと、食べてくださいよ。それに、この足じゃあるくどころか、立つこともできませんよ。」
そういって、彼は全く動じずにそういいながら、ゆっくりと歩を進めた。

「そ、そんな……」
私はもう、こんな気持ち、今まで味わったことがないと思うくらいであった。
嬉しいけれど、それ以上に事態が呑み込めていなさすぎて、恥ずかしくて、穴があったら足を引きずってでも逃げ入りたいと思うくらいであった。

「それとも、僕が、そんなに信用できないですか?」
少しさびしそうな声色で彼がいった。

「そ!!そんな!!!!!そんなことはまったくありません!!私はただ、ご迷惑かと……」
首がちぎれるんじゃないかと思えるくらい私は首を横に振りながらいった。

「それなら、何も気にしないで、僕のことは。迷惑だなんて、これっぽっちも思っていないから。」
穏やかな声で彼はそういった。


彼のあたたかな体温が伝わってくる。そもそも、今は冬の夜中だというのに、屋外だというのに、私はのぼせ上がるほどの熱さをかんじていた。

「それにしても、偶然、とおりかかってよかったです。」
彼はそういって、安堵を含んだような笑みをこぼした。

「いや、本当に助かりました。ありがとうございました!!渡部さんが、あの時きてくださらなかったら、私、今頃どうなってたか……」
心の底からの感謝を私は述べた。
何をしても、何を言ってもこの感謝は表しきれないくらいだ。

「それにしても、なんでこんなところに、渡部さん、いらっしゃったんですか?」
私は、素朴に疑問に思ったことを口にした。


ここは、職場の近くではなく、私もめったに訪れないところである。結構華やいだ土地ではあり、今日由紀が結婚式の二次会をした飲食街や、おしゃれなフレンチなどのお店が軒を連ねるような少し落ち着いた街である。しかし、そこまでゆかりのある土地ではないところでこうして出会うなんてことがあまりにも驚きだったのである。


< 65 / 67 >

この作品をシェア

pagetop