ビロードの口づけ
 父は良心が咎めていたのかもしれない。
 獣に女を襲われた家庭には手厚い援助を行っている。
 後ろ盾もない幼いコウを雇ったのもそのせいだろう。


「獣王に差し出された女はどうなるんですか?」
「獣王によるな。妻として大切に扱う者もいれば、交わって食っちまう奴もいる」


 食べられてしまうのも悲惨だが、獣の妻というのもどうだろうと思う。
 普段人の姿をしていたら大丈夫なのだろうか。


「あんたの父親は領主だ。あんたが思っている以上に獣の事に詳しい。あの香水を開発した時点でかなり切れ者だ。よほどあんたを守りたいようだな」


 獣が香りで女を識別していることを父は知っている。
 そして人の社会に紛れ込んでいる事も知っているのだろう。

 クルミを屋敷に閉じ込めて他人との接触を禁止したのは、約束の日に一人娘を生贄にしたくなかったから。

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