ビロードの口づけ
 次第に強くなっていくクルミの香りに、彼女がまだ窓を閉めていない事が分かる。

 普段はうっとりとさせる甘い香りが、今は無性に苛立たせた。

 部屋の近くにたどり着くと、クルミが窓から身を乗り出し、半泣きで辺りを窺っているのが見えた。

 人の目にこの庭は暗闇に閉ざされて見えるのだろう。
 これほど近くにいるのに、クルミにはジンの姿が見えていないようだ。

 苛立つ気持ちのまま、ジンは窓に近寄り声を荒げた。


「おとなしくしてろと言っただろう。あいつにあんたの存在がばれた。さっさと窓を閉めろ!」


 するとクルミは目の前にやって来たジンの首に腕を回し、いきなりしがみついた。


「よかった、無事で……」


 クルミの腕の温もりと濃厚な甘い香りが頭の芯を痺れさせ、ジンの苛立ちは徐々に鎮まっていく。


「無事じゃない。少しよこせ」

< 122 / 201 >

この作品をシェア

pagetop