ビロードの口づけ
 ジンは少し先にある庭木の陰を見つめていた。

 ドキリとして身体に緊張が走る。
 また獣が侵入したのだろうか。
 今宵も庭は闇に閉ざされていて、クルミにはかろうじて庭木の輪郭が見えるだけだ。

 ジンの視線の先からガサガサと庭木の揺れる音がして、闇から分かたれた影がゆっくりとこちらに近づいてきた。
 意外にもジンはそれを注視したまま動かない。

 ジンの側までやって来たそれは、狼に似た獣だった。
 窓から漏れた淡い光に照らされて、銀色の毛並みが艶やかに輝いている。
 ゆったりと尾を振りながら、獣は窓に近づいてきた。

 どうしてジンは動かないのだろう。
 敵意は感じられないものの、また噛みつかれでもしたら——。
 そう思ったクルミはジンの肩を掴んだ。


「ジン!」
「心配ない。こいつはオレの配下だ」


 くぅんと少し不満げな声を漏らして、獣はジンの足を前足で軽く掻く。
 そして勢いをつけて身体を起こし、両の前足を窓枠に乗せた。
< 128 / 201 >

この作品をシェア

pagetop