ビロードの口づけ
 ジンが背中を向けている内に、クルミもベッドの側に放り投げられていた寝間着を拾って身につけた。

 身支度を調えたジンは、そのまま振り返る事なく窓から外へ出ていった。

 薄暗い部屋の中、一人残されたクルミは、ぼんやりとベッドの縁に腰掛ける。

 いつもとかわらない日常が戻ってきた。
 さっきまでここに黒い獣がいた事が夢だったのではないかと思える。
 夢だったとしても、あんな幸せな夢はない。

 いつも目覚める時間よりは少し早いが、熱いシャワーを浴びて目を覚まそう。

 今日を含めてあと三日、つまり約束の日が過ぎれば、庭に出てもいいと父が言った。
 庭に花や苺を植えて育ててみたいとクルミは楽しみにしていた。


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