ビロードの口づけ
 午後の時間はいつもと変わりなく過ぎ去り、最後の夜がやって来た。
 ジンはいつもより早めに庭に出た。

 空には傾きかけた細い月が浮かんでいる。
 風もなく辺りは不気味なほど静まりかえっていた。
 その静けさを打ち破り、芝を踏む音がせわしげにこちらに近づいてくる。
 ジンが注視する闇の中から現れたのはコウだった。


「ジン様、様子が変です」
「来たか。何があった?」
「警備員と連絡が取れません」


 屋敷を取り囲んでいる警備員が、誰ひとりとして無線に応答しなくなったらしい。

 屋敷から様子を見に行った使用人も消息を絶った。
 途方もなく広い庭だか、通い慣れた使用人が迷子になるほどではない。
 ザキが動いているとみて間違いないだろう。

 コウの後ろから今帰ってきたと思われるライが顔を出した。


「やばいぞ、ジン。屋敷の周り、警備員がバタバタ倒れてる」
「死んでいるのか?」
「いや。気を失っているだけのようだ」

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