ビロードの口づけ
 父の表情が驚愕と共に固まった。
 そしてよろよろと歩み寄りジンに縋る。


「まさか、クルミが……」


 上着の襟を掴まれたまま、ジンは黙って父を見下ろしている。
 父は俯いたまま力なくジンを叱責した。


「君が獣の血を引いているとは聞いていたが、獣王の使者だとは思わなかった。獣の被害に遭った気の毒な身の上だと思っていたのに」


 父はジンの事をコウと同じように、母親を獣に襲われたのだと思っていたようだ。

 コウにしてもそれは方便だったに違いない。
 ジンは静かに父の言葉を否定する。


「私は使者ではありません。私自身が現獣王です」


 父は顔を上げ、襟を掴んだ腕を引いてジンの顔を睨め付けた。

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