ビロードの口づけ
「私を欺いたのか?!」
「いいえ。告げなかっただけです」

「同じ事だろう! 知っていれば君を雇ったりしなかった!」

「だからです。私はなんとしてもお嬢様を他の獣から守りたかった。あなたの望む事は私の望む事でもあったのです」


 父はゆっくりと手を離した。
 けれど相変わらず鋭い視線をジンに向けていた。
 それを真っ直ぐに見据えてジンは続ける。


「人間には分からないでしょうが、お嬢様は並外れた強い香りをお持ちです。あなたの開発した香水でも消せないほどの。それはあなたも気付いていたのでしょう? だから獣の血を引く私を雇ったのではありませんか? 毒をもって毒を制す。身体機能や特殊能力では獣にかなわない、あなた方人間たちの常套手段です」

「卑怯だと言いたいのか?」

「いいえ。賢いやり方だと思います。獣同士で争わせておけば、人間に憎しみの矛先が向く事はありません。元々獣は同族に対する情も薄く、互いに争う事もよくあります。私自身、ボディガードの仕事を通じて掟に背いた者を始末する事にためらいも後悔もありませんでした」

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