ビロードの口づけ
 父はひとつ嘆息してクルミに告げた。


「クルミ、おまえが決めなさい」


 ジンに要求され父が黙って従うままに、彼の元へ行けばよいと考えていた。
 いきなり自分に選択権が委ねられ、クルミは困惑する。
 黙って視線を泳がせているクルミに兄が言う。


「クルミ、家のためとか考えなくていいから。君が望む通りに決めてかまわないんだよ」


 縋るような目に見つめられ、チクリと胸が痛んだ。
 答など最初から決まっているのに。

 兄から目を逸らし、ジンに視線を移す。
 彼は眼鏡の奥から穏やかな、けれど確信に満ちた目でクルミを静かに見つめていた。

 やっぱり意地悪だ。
 クルミが拒絶しない事を確信していながら、あえてクルミ自身に選ばせる。
< 176 / 201 >

この作品をシェア

pagetop