ビロードの口づけ
 母にはまだジンの元へ行く事を話していない。
 父から伝わっているかもしれないが、自分で伝えたかった。
 それにジンに対する母の気持ちを確かめたいと思っていた。
 本当は訊いてはいけない事なのかもしれないけれど——。

 きれいに刈り込まれた低い庭木の通路を進む。
 その先に四本の丸い柱に支えられた、三角屋根の白い東屋が見えてきた。

 屋根の下に置かれた椅子のひとつに母が腰掛けている。
 ゆったりとしたドレスを身にまとい、ひざの上には折り畳んだ白い日傘を乗せていた。

 艶やかな金の髪を後ろで小さく丸めて、透き通るような白い肌は確かにいつもより幾分血色がいいようだ。
 クルミと同じ緑の瞳は、右手の池をぼんやりと眺めていた。

 普段の母はクルミの目にも美しく儚げで、あの日ジンの寝室で見た姿が幻だったのではないかとさえ思える。


「お母様、おかげんはいかがですか?」


 クルミが声をかけると、母はこちらを向いてふわりと微笑んだ。

< 180 / 201 >

この作品をシェア

pagetop