ビロードの口づけ
「ゆうべはあの人とたくさんお話をしたの。これからはもう少し家にいる時間が多くなるって言ってたわ」


 そう言って母は、少女のように嬉しそうな笑顔を見せた。
 ジンの事など眼中にないように感じる。
 クルミの伴侶に決まったから、きっぱり見切りをつけたのだろうか。
 なんとなく胸がモヤモヤして、クルミは思い切って尋ねた。


「お母様はジンを愛していたのでは?」


 母の顔から一瞬表情が消えた。
 けれどすぐに穏やかな笑顔が戻った。


「……知っていたの?」


 クルミは黙って頷く。
 母も小さく頷いて言葉を続けた。


「愛していたわけじゃないわ。私が愛しているのは子どもの頃からあの人だけ。だからずっとひとりでいるのが辛くて、寂しくて、ひとときでいいから温もりが欲しかったの。ごめんなさいね。あなたがジンを愛しているとは知らなかったから」

< 182 / 201 >

この作品をシェア

pagetop