ビロードの口づけ
「子どもの頃から大好きだったあの人と結婚して、あなたを授かって、そのあなたが幸せを手に入れたんですもの。こんな幸せな事はないわ。残念なのはあの人のために跡取りを生めなかった事だけね。あなたには弟がいたのよ。私の身体が弱いから産んであげられなかったの」


 母はどうしても産みたいと言い張ったが、父が許さなかった。
 その理由をゆうべ初めて母は聞いたらしい。
 子どもか母か、命の選択を迫られ、父は母の命を優先した。
 子どもはかわいそうだが、母が生きていればまた産む事はできると。

 結果的に母はそれが元で二度と子どもが産めなくなった。


「それでも役目を果たせなかった私をあの人は今でも側に置いてくれる。そんな優しいあの人に、私は酷い事をしたのね。ジンとの事は後悔したわ。時々ひとりぼっちで寂しい事もあるけど、もう二度とあの人を悲しませるような事はしない。あの人と話ができるだけで私は幸せだから」

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