ビロードの口づけ
 ライがコウに手引きされたような獣の抜け道を通られたら、しっかり掴まっていても落とされてしまいそうな気がする。


「どこから帰るんですか?」
「正門に決まっているだろう。領主には許可を得ていると言ったはずだ」


 それだけ言うと、ジンは黒い獣になっていた。
 獣の姿では言葉が話せない。

 クルミは言われた通りに寝間着の裾をすこし持ち上げて、ジンの背中に跨がった。

 そのまま身体を倒してジンの首に腕を回す。
 しっかり掴まれと言われたので、両手の指を組み合わせた。

 クルミを背中に乗せたまま、ジンはゆっくりと駆け出した。
 芝生の広場を斜めに突っ切り、庭木で作られた狭い通路を縫うように走る。

 しっかり掴まっていても振り落とされそうで、クルミはジンの背に顔を伏せて目を閉じた。

 耳に聞こえるのはジンが芝を蹴る足音と、身体を撫でる風の音。
 その風圧で庭木が揺れる葉擦れの音。
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