ビロードの口づけ
 けれどその細い身体は、驚くほどしなやかで、敏捷で、屋敷の庭に侵入した獣をあっさり撃退してしまったことがある。

 父が三顧の礼を持って迎えたという侍女たちの噂話も、案外本当なのかもしれないと思った。

 父が治めるこの領地には、隣接して広大な森が広がっている。
 そこは獣たちの住処となっていて、人にはある意味立ち入ることの出来ない禁忌の場所となっていた。

 獣は人を襲うことがあるからだ。

 滅多にないが、たまに領地内に現れて人を襲い、その血肉を貪る。
 襲われるのは決まって女だが、男を襲わないという保証はない。

 女たちは獣よけの香水を常用しているが、それだけでは不安だという人のために、ジンのようなボディガードが重用される。

 私も香水は常用している。
 おまけに父から厳しく命じられているため、滅多に屋敷の外に出たことはない。

 なのになぜか、二回ほど獣に遭遇した。
 それで父がジンを雇ったのだ。

 家の中にいながらボディガードの付いている女など、私くらいのものだろう。
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