ビロードの口づけ
 獣の中には人語を解するものや、人と似た姿をしているものもいると聞くが、私が遭遇した獣は人の姿はしていなかった。

 多分ジンは、腕の立つ優秀なボディガードなのだろう。
 だけど私は、彼が苦手だ。

 今も後ろで、メガネの奥から冷たい琥珀色の瞳が、私を見つめていると思うだけで落ち着かない。

 私は思いきって父に声をかけた。


「あの、お父様。ここにはお父様もいることだし、ジンにも朝食を摂ってもらっては……」


 すると父が口を開く前に、後ろから静かな声が答えた。


「お気遣いなく。クルミお嬢様がお目覚めになる前に頂きましたので」


 振り返ると、穏やかに微笑む彼と視線がぶつかった。
 その穏やかさが余計に怖い。
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