ビロードの口づけ
 普段は穏和で言葉遣いも丁寧なのに、私と二人きりの時は、横柄で無遠慮で意地悪だ。

 なにしろ彼は初めて会った時に、父がいなくなった途端、私に毒を吐いた。


「オレはあんたのように世間知らずのお嬢様は、見ているだけで虫唾が走る」


 そんな風に自分を嫌っている人がそばにいて、どうして落ち着けるものかと思う。


「勝手に入ってこないでください」


 私の抗議を全く無視して、彼は悠々とこちらに歩み寄ってくる。
 口元に浮かべた薄笑いが怖い。


「オレはあんたを守るために雇われた。あんたのそばにいるのが仕事だ」


 ジンの近付いた分だけ退くものの、彼の歩く速さの方が上回り、とうとう腕を掴まれた。

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