ビロードの口づけ
「いえ。女性のプライベートな時間と学習中以外は側を離れないように旦那様に仰せつかっておりますので」


 二人はクルミを挟んで視線をぶつけ合う。
 火花が散ったように見えたのは気のせいだろうか。

 少しして兄に笑顔が戻った。


「そう。君も大変だね」
「お気遣いなく。仕事ですから」


 涼しい顔でかわすジンを部屋の隅に残し、兄はクルミの手を引いてソファに戻った。

 兄はクルミより四つ年上で、父が創設した獣よけ香水の製造販売会社を経営している。

 十六歳の時から会社に入って、働きながら父から経営のノウハウを学んできた。

 今では父も経営の一線からは退き、実質兄が会社を取り仕切っている。
 忙しいらしく、会社の建物内に私室を設け、そこで寝泊まりしているのでほとんど家に帰らない。
 兄の顔を見るのは数ヶ月ぶりだった。
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