ビロードの口づけ
「大きくなったらお兄様のお嫁さんになる」とその頃言った覚えがある。
 そんな子どもの戯れ言を兄が覚えていてくれた事が嬉しくて、クルミは微笑んだ。

「覚えててくれたの? あんな昔の事」
「忘れるわけがない。僕は本気だよ」
「え……?」


 兄の真剣な眼差しがクルミの落ち着きを奪う。
 無性に背後が気になった。

 部屋の隅でジンが聞いている。
 どんな表情で何を思って聞いているのか気になって胸がざわつく。

 ジンが聞いているのに、兄はどうしてこんな話をするのだろう。

 クルミの心中をよそに、兄は更に続ける。


「もうすぐ僕は社長に就任する。そしたら父さんに話そうと思うんだ。父さんも元々そのつもりで僕を養子にしたはずだから、きっと喜んでくれるよ」


 父の思惑など初めて聞いた。
 言われてみれば、思い当たる節は色々ある。
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