ビロードの口づけ
 兄は養子とはいえ、領地を治める侯爵家の跡取りだ。
 普通貴族の男子は二十五歳くらいまでには結婚する。
 血を守るため、子どもの頃から婚約者が決まっている事も多い。
 ところが兄には、婚約者はおろか縁談すらない。

 クルミが知らないだけで、兄を養子にした時点で父がそのつもりだったのなら頷ける。

 社交の場から遠ざかって久しいクルミは知らないが、父はすでに周知しているのかもしれない。
 そして兄もそれを知っているのだろう。

 突然降って湧いた結婚話にクルミは戸惑った。

 兄の事は好きだ。
 けれどそれは、あくまで兄として。

 今まで兄として接してきた人を、結婚したからといって夫として愛せるだろうか。

 貴族の娘が家同士の繋がりのために、政略結婚の駒として嫁がされる事はよくある。
 自分の意思にそぐわない結婚を強いられる事は、クルミも覚悟していた。

 まさかその相手が兄だとは——。
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