ビロードの口づけ
「どうして、むくれているんだ?」
「別にむくれていません」


 うっかりつっけんどんになった物言いに絡まれるかと思ったが、ジンは「ふーん」と言いながら意味ありげな笑みを浮かべてクルミを見つめただけだった。




 程なく昼食の時間になった。
 モモカに対する態度が気になって、すっかり忘れ去っていたが、恐れていたジンの報復はなかった。

 食後はリビングに移動し、モモカに話し相手をしてもらいながら居座る。
 いつもはすぐ部屋に戻るのだが、なるべくジンと二人きりになりたくなかった。

 幸い今日は午後からも別の家庭教師がやってくる。
 それまでの間、時間稼ぎをしたかった。

 ジンは部屋の隅に立ち、黙ってこちらを見ている。
 見つめているのは自分だろうか。
 それともモモカ?
 ジンの視線が気になって、クルミはうわの空になっていた。
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