ビロードの口づけ
 今度っていつだろう。
 たとえ警戒していても、力ではジンにかなうわけがない。

 あんな恥ずかしい事二度とごめんだ、と頭では拒絶しても想像しただけで身体は熱く疼いてしまう。

 それにジンから微かに漂った甘い香りが気になって胸がざわつく。
 あれは獣よけの香水の香りだ。
 獣よけの香水は獣よけ効果の他に、様々な香りが付加されている。

 普段のジンは驚くほど無臭だ。
 兄や父のように男性特有の匂いもしない。
 時々洗濯物のように日だまりの香りがほんのりとするくらいだ。

 クルミにずっと張り付いているジンが、外部の女性と接触しているとは考えにくい。
 屋敷内にいる誰かの移り香なのだろう。

 真っ先に思いついたのはモモカだ。
 けれど彼女が常用している香水の香りとは違う。
 他の誰だろうと次々に侍女や厨房の女たちを思い浮かべてみるが、全員の香りを把握しているわけでもなく、すぐ壁に突き当たった。

 移り香がつくほどに親密な関係にある女性が屋敷内にいる。
 そう思うと胸の中にモヤモヤと嫌な感情が渦巻く。

 嫌われているのに、ジンにとってはいじめて遊ぶおもちゃでしかないのに、不毛なヤキモチを焼いている自分がほとほと嫌になった。

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