ビロードの口づけ
 どれほど時が経ったのか、クルミがすっかり本に夢中になった頃、突然リビングの扉が開いた。

 顔を上げると兄のカイトが、嬉しそうに早足でこちらに近づいてくるところだった。


「クルミ、会いたかったよ。元気にしてたかい?」


 そう言いながら隣に座った兄は、クルミを抱きしめ頬に口づけた。

 ジンが見ている。
 また香りが汚れるとか言って不機嫌になるのではないかと思うと、クルミの笑顔は自然と引きつる。


「おかえりなさい、お兄様」
「時間が取れたから会いに来たよ。ライがジンに用事があるっていうから、僕はついでに来たようなものだけどね」


 見ると兄の後ろに秘書のライが立っている。
 クルミと目が合うと、彼は軽く会釈した。


「お久しぶりです、クルミ様。少しの間、ジンをお借りしてもよろしいですか?」
「えぇ」


 クルミが笑顔で頷こうとした時、部屋の隅からジンが静かに、けれどキッパリとした口調で断った。

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