ビロードの口づけ
 近づくとジンの声でない事がわかった。
 明らかに女の声だ。
 あの移り香の主に違いない。
 クルミは引き寄せられるように、ゆっくりと扉に近づいた。

 聞こえてしまうのではないかと心配になるくらいに鼓動が激しくなる。

 扉の隙間から覗いた部屋は薄暗く、裸のジンの背中が目に飛び込んできてハッとした。
 その下にいる女を見た瞬間、クルミの目は一気に見開かれた。

 獣のように四つん這いになり、髪を振り乱しながらはばかる事なく嬌声を上げている。
 あんな女は知らない。

 けれどその顔は、紛れもなくクルミの母だった。

 クルミはよろよろと後ずさり、そのまま足音を忍ばせて部屋を出た。
 廊下に出た途端力が抜けてその場にへたり込む。
 止めどなく涙があふれてきた。


「クルミ様、どうしたんですか?」


 声に顔を上げると、コウが心配そうに駆け寄ってきて側にしゃがんだ。
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