ビロードの口づけ
 いつの間にか、さっきまで座っていたソファの前まで追い込まれていた。
 ふくらはぎをソファの座面に押され、クルミは尻餅をつくようにソファに腰を落とす。

 ジンは眼鏡を外して隣に座り、クルミの両肩を掴んで背もたれに押さえつけた。


「おしゃべりは終わりだ」


 ゆっくりと近づいてくる顔を見つめながら、最後の抵抗を試みる。


「お母様を利用して力を得たあなたに守られるくらいなら、五年前の獣に食べられた方がマシです」


 ジンの動きがピタリと止まった。
 意地悪な薄笑いが消え、瞬時に表情が険しくなった。
 肩を掴んだ手に徐々に力が加わる。


「本気で言っているのか?」
「い、痛い……」
「本気であいつに食われたいのか?!」
「食べられたくなんかありません!」


 何が怒りに火をつけたのか分からない。
 肩に食い込む指の痛みに生理的な涙が滲む。

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