怒ってよ
◇
好物のプリンを勝手に食べた時も、デートの予定をすっぽかした時も、彼は怒らなかった。
怒った顔がみたい。なんて私って実はMなんだろうか。
「なんすか、先輩じっと見て」
春巻きに具を詰めていた彼が、私の視線に気づき、照れ笑いする。
「先輩禁止」
私は彼を小突いた。
彼とはむかし同じ大学に通っていた。私が英文科、彼が栄養科。
友人の紹介で知り合い、レポートの書き方や、お昼におススメの店などを教える内に、いわゆる男女の仲になった。現在、私は社会人一年目、彼は大学三年生。去年から同棲を始めた。
出来上がった料理はすごく美味しかった。
ふと思い立って、私は彼の分の春巻きをひょいっと奪ってみた。彼は笑うだけで、全然怒らなかった。
彼はわがままだって言うし、甘えたりもする。けど怒らない。私はムキになって、彼を怒らせようとした。
わざとわがまま言ったり、冷たい態度をとったりもした。けれど、彼の笑顔は崩れなかった。
流石に意地悪しすぎたと思い始めてきた時、彼からメールがあった。
「帰り遅くなる。鍵ちゃんとかけといて」
外はぽつぽつと雨が降り始めていた。
……駅まで迎えに行くか。
駅で待つ事十分、改札口から彼が出てきた。私に気付くと、彼は険しい顔を向けた。
あれ? 怒ってる?
彼は険しい顔をしたまま、私の元まで来た。
「今何時だと思ってんだ。こんな時間に一人でいたら危ないだろ」
彼は声を荒げた。
「自分が女だって事、ちゃんと自覚しろ!」
帰り道、彼は当たり前のように車道側を歩いた。傘越しの距離がにくい。彼の顔が全然見えない。
私はふと、彼が前に怒った時の事を思いだした。
あの日は彼との初デートの日だった。
私は熱が出ているのを隠して、彼と会った。だけど結局彼にバレてデートは中止。
私は怒った。大事な初デートだから無理してでもデートしたかったのに。女心をわかってない、と。
「そんな事知るか」
彼もすごく怒った。
「あんたの体以上に大切なもんはない。自分の体を第一に考えろ、バカ」
自分勝手な感情で怒る私が急に恥ずかしくなった。
この時も、今回もそう。彼は何時だって、私の事を心配して怒るのだ。
そうだ。
だから私は、彼の怒った顔が好きなのだ。
彼が私の事を心配してくれているのが凄く伝わってくるから。
「ごめん……。心配してくれてありがと」
彼はこつんっと、私の傘に自分の傘をぶつけた。
「わかればヨロシイ」
頭上に優しい声が振った。