怒ってよ

 好物のプリンを勝手に食べた時も、デートの予定をすっぽかした時も、彼は怒らなかった。
 怒った顔がみたい。なんて私って実はMなんだろうか。




「なんすか、先輩じっと見て」

 春巻きに具を詰めていた彼が、私の視線に気づき、照れ笑いする。

「先輩禁止」

 私は彼を小突いた。


 彼とはむかし同じ大学に通っていた。私が英文科、彼が栄養科。
 友人の紹介で知り合い、レポートの書き方や、お昼におススメの店などを教える内に、いわゆる男女の仲になった。現在、私は社会人一年目、彼は大学三年生。去年から同棲を始めた。

 出来上がった料理はすごく美味しかった。
 ふと思い立って、私は彼の分の春巻きをひょいっと奪ってみた。彼は笑うだけで、全然怒らなかった。


 彼はわがままだって言うし、甘えたりもする。けど怒らない。私はムキになって、彼を怒らせようとした。
 わざとわがまま言ったり、冷たい態度をとったりもした。けれど、彼の笑顔は崩れなかった。

 流石に意地悪しすぎたと思い始めてきた時、彼からメールがあった。

「帰り遅くなる。鍵ちゃんとかけといて」

 外はぽつぽつと雨が降り始めていた。
 ……駅まで迎えに行くか。


 駅で待つ事十分、改札口から彼が出てきた。私に気付くと、彼は険しい顔を向けた。

 あれ? 怒ってる?
 彼は険しい顔をしたまま、私の元まで来た。


「今何時だと思ってんだ。こんな時間に一人でいたら危ないだろ」

 彼は声を荒げた。

「自分が女だって事、ちゃんと自覚しろ!」



 帰り道、彼は当たり前のように車道側を歩いた。傘越しの距離がにくい。彼の顔が全然見えない。

 私はふと、彼が前に怒った時の事を思いだした。
 あの日は彼との初デートの日だった。
 私は熱が出ているのを隠して、彼と会った。だけど結局彼にバレてデートは中止。

 私は怒った。大事な初デートだから無理してでもデートしたかったのに。女心をわかってない、と。

「そんな事知るか」
 彼もすごく怒った。
「あんたの体以上に大切なもんはない。自分の体を第一に考えろ、バカ」

 自分勝手な感情で怒る私が急に恥ずかしくなった。
 この時も、今回もそう。彼は何時だって、私の事を心配して怒るのだ。

 そうだ。
 だから私は、彼の怒った顔が好きなのだ。
 彼が私の事を心配してくれているのが凄く伝わってくるから。


「ごめん……。心配してくれてありがと」

 彼はこつんっと、私の傘に自分の傘をぶつけた。
 
「わかればヨロシイ」

 頭上に優しい声が振った。


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