Raindrop
「あんまり綺麗すぎて、集中出来ねぇとか?」

しばし考え込んでしまった僕に、ニヤつく嫌な笑みを浮かべた響也は、しかし微笑を浮かべる僕の顔を見てわざとらしく溜息をついた。

「……お前に限って、そんなことあるはずがねぇな」

「ふふ、そうだね」

「面白くねぇ。たまにはその澄ました顔をだらしなく歪めてみろよ」

ちっと舌打つ響也の言葉は聞かなかったことにして、ボーイングに集中する。



僕が最初に師事した先生は、とことん基本に厳しい方だった。

基礎は大事ではあるが、幼い子どもには過酷と言ってもいい、退屈でつまらない練習の繰り返しに嫌気が差したものだ。

曲など弾かせてもらえない。

ただひたすらに弦と弓を直角に保ったまま、弓を直線運動させる動作を繰り返す。

ここが違う、ここは駄目、と何度言われたことか。

頭で考えなくとも体が勝手に姿勢を保てるようになるまでになって、ようやくまともな演奏をさせてもらえるようになった。

思えば、あの先生の厳しい指導がなければ、今、この音は出せていない。

だから今も、曲を弾く前にはしっかりボーイングを。

これに満足出来ない日は、曲などまともに弾けやしない。

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