Raindrop
水琴さんから意識を外すと、拓斗と花音が司教に何か、厚みのある本を手渡されているのが見えた。

聖書でもいただいたかな。

そう思いながら、外の雨がだいぶ弱まってきたことに気づく。

話し声すらかき消してしまうくらいの大きな雨音は、風情のある静かな音へと変化。

ぴたん、ぴたんと石畳を打つ雨音、水溜りではねる雨音は、まるで音楽。

「ドビュッシーがショパンになった」

そう呟いたら、水琴さんは僕を見てから、外の音へ耳を傾けた。

「ああ……そうね。ショパンの『雨だれ』」

たんたんたん、と。

規則正しく鳴る音に、空から落ちてくる水滴の静かな音が重なり、少しだけ物悲しく響くのだけれど。

「恋人を想うショパンのあたたかな気持ちが、甘やかな旋律を作るのね」

そう言って穏やかに微笑んだ彼女は、少しだけ俯いた。

さらりと栗色の髪が落ちる。

「幸せだったのでしょうね、あの曲を作ったときのショパンは。幸せすぎて……怖くなってしまったのかも……しれないわね」

ショパンの『雨だれのプレリュード』は、始めは穏やかな曲調なのだが、中間で転調すると、ガラリと様相を変える。

何に恐怖したのか──不気味とも言える旋律に、不安を掻き立てられる。

水琴さんはそのことを言っているのだろうと……思って。

僕は、二度目の“見てはならないモノ”を見てしまった。

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